2010年9月10日金曜日

台湾で鉄ちゃんした

                                                                                                                予ねてより乗らなければと思いながら機会が作れなかった台湾の新幹線、母を日本人とし清朝と戦い台湾を人民の島とし独立させた鄭成功の活躍した記念資料がある台南へ見に行く事にしてついに乗りました。
日本の新幹線そっくりだった、切符は出張の旅費精算に添付する政府の既定で必ず帰ってくる仕組みだ。日本と同じで人のいない場所に線路を引き駅を作っているため駅から街まで無料のシャトルバスが往復している、この点が日本と違う仕組みだが岐阜羽島や新横浜は見違えるほど発展したが台湾は無理だろう。


 大雨でつかぬ間の秋布団かけ   七一翁

2010年9月9日木曜日

旅と台風


この時期に旅をすると台風がつき物、ひどいときは飛行場の汚い避難ホテルに泊められ夜中に起こされて飛んだりした。今回は酷暑のおかげで台湾付近で発生した台風9号があり欠航かと思ったら西に
移動してくれて窓から台風に近づき離れていく様を堪能した。写真は一番近付いた所で一瞬だが雲の柱が上空まで達していた。
旅は海洋性気候の亜熱帯の島は涼しく鳥見も出来、体重も増え鉄ちゃんをして新幹線にも乗りいざ帰国となったのでNHKBSニュースを見たら何と9号が中部地方いるではないか。
航路上に台風があるため避けて飛んだので遅れて着いたら見たことも無いような滝状の雨だ、台風9号を避けたと思ったら回りまわって帰りにツケが来て、もう一度台湾へ行ける位の時間をかけて空港リムジンバスで帰宅した。


下の写真は通過後の雲

2010年9月4日土曜日

信玄か金次郎か

公園の午前11時30分頃、池のベンチで後ろから覗かせてもらったら何やら難しそうな本を暑さとか周囲の人や餌をねだるカルガモを全く気にする事無く無我の境地で読書している青年。右手に食べ終わったアイスクリームのバーさえ握りしめたままで心頭滅却すれば陽もまた涼し、ちょうど携帯へ電話くださった我がS師が言われる勉強は時と場所を選ばず正にそのものだ。
最近の我が国に未だ武田信玄公か二宮尊徳先生の再来のような青年がおいでだったのだ。
しかし池の水が溶存酸素不足でアオコが発生しひどい異臭が出ているのをよく我慢していると感心した。(声をかけにくい雰囲気で無断撮影ご容赦)


 家族の夏休みにつき合い旅に出ますのでお休みします。


 日盛りに絵描き群れ居り秋の汗   七一翁


(毎日大勢の絵描きさんが写生に熱中しておられ、わが平塚の盟友を彷彿させます)

ガマの穂


神田上水沿いのお宅でビオトープのガマが今年も穂をつけた。茶色をした太い部分が雌花で上の細い部分が雄花だそうだ。開花すると黄色い花粉が飛び散り、結実し成熟すると白い綿毛のついた種子が飛び散る。私は綿毛に種子がついているとは思っておらず、これを書くについて調べて知った。


ガマの綿も布団の綿として利用されたそうで神話の因幡の白ウサギも治療材としてお世話になっている。余談だが大黒様はガマの白い穂綿ではなく雌花から出る花粉に薬効があるのでつけると好いと言われたとか。
今は水生園とかビオトープでしか見られなくなったガマも川辺に繁茂する植物で秋の穂から綿が飛び出す時期は人々が採取したのだろう。
何気なく見ているが古代から人々が利用して来た歴史があるのだ。




人々の眠りささえて蒲の秋   七一翁

2010年9月3日金曜日

ゴーヤ


ゴーヤを植えましたとか苗を買ってきましたと初夏の頃に書かれたり話されいた方がけっこうおいでだった。散歩道で見ても庭にゴーヤを植えたり垣根に這わす方が見受けられ現在はと云うと小さな実がぶら下がって、未だ黄色い花が咲いており結実してももう大きな実がなる事はないだろう。
この写真のゴーヤは畑で栽培していたゴーヤだが、どうも上手く収穫出来なかったようで、タネをとるのか諦めたのか一個ぶら下がっていた。
ゴーヤは作りやすいのか家庭で栽培されているが何個くらい収穫出来ているのだろうか、僕の子供の頃に本州で栽培されていたのだろうか、地球温暖化の産物で内地しかも東京で栽培出来るのだろうか。


赤とんぼ霜夜来るのはいつの日か   七一翁

(残暑続くきますね、ご機嫌よろしゅう。)

2010年9月2日木曜日

クズの花


クズの葉は大風が吹くと一斉に白い葉の裏側を見せるので風の強さがそれで分かる。堤防に植えると崩れないと言われ外国でも用いられ始めている地道な存在。
先日来、花が咲いているだろうと探しまわっていたがやっと見つけた、一か所は高いところで微風に揺れて巧く撮れない。あきらめて上水を公園に向かい歩いていたら頭の上で咲いていた。
この花が咲くと秋が確実に来る、秋の七草の一つだからという訳ではない。カキの実が少し色づきヒグラシが鳴いてこの花が土手や空き地で咲いているのを見ると秋が来ているのだ、残暑が厳しくても日ぐれが早くなっているからだ。
余談だがこのクズは土中に澱粉を貯めており葛根と漢方では呼ばれ貴重なものらしい。




忙しく飛ぶ蝶の羽ぼろぼろに   七一翁

2010年9月1日水曜日

金玉均の書


この石碑に刻まれている人心同は金玉均という福沢諭吉さんが面倒を見た朝鮮王朝時代の人で清朝に裏で操作されていた李王朝に対抗し革命を起こしたが三日天下となり国を追われ日本へ逃げて来て小笠原まで逃げ回り最後には確か中国で隠密に暗殺された。
昨日の力石とこの石碑が久我山稲荷神社の境内にあります、この村から貧しくて小笠原へ開拓に行き、サトウキビ栽培で成功した方が自分を頼ってきた彼の死を悼んで石碑を建てた。


この時代の日本も貧しかったが李王朝の朝鮮もものすごく貧しい国で彼が革命を起こそうと思ったのは無理はない。






夏服の子らの白帽まぶし下校道  七一翁