最近福島県の阿武隈山系や周辺の地名が頻繁に出てくる、実に懐かしい地名であるが今は放射線のホットスポットとして突然寝ている子が起こされたような感じだ。
山の中の舗装もされてない細い道、冬は凍っていたし谷の夏井川も凍っていた、トンネルの出口が踏み切りで蒸気機関車が飛び出してきて驚き命拾いもした。
どの道を通って太平洋岸へ出ても山間の道路の周辺は養蚕と稲作の貧しい農家が僅かにあった、この風景は会津の方へ行っても変わらなかった東北の普通の風景だったのだろう。
その東側を切り崩して原発が出来て地域は一時的に潤ったが元の風景に戻ろうとしている、ただし人が住んでいない風景が出来てしまった。
切り売りの西瓜食べさす店探し 枯沼
2011年7月13日水曜日
2011年7月12日火曜日
トンボ
今朝、散歩の途中でオハグロトンボと出遭った、今夏初めてだし予想していなかった。
出会う可能性があるトンボといえばコシアキトンボ、ムギワラ、シオカラ、ナツアカネでひと夏に一匹くらい子供の頃はたくさんいたが素早くて捕れなかったギンヤンマ、オニヤンマに出逢うくらい。
たぶん40年前だったらかなりの種類のトンボが生息し子供たちが虫取り網と籠を持って神田上水の辺りを遊びまわっただろう。染物の糊を洗い落としていた川がコンクリートになって全て変わってしまいオハグロトンボで感激する極めて情けない事になったものだし、トンボつりなんて遊びは死語だ。
制帽の白さまぶしく子等ふざけ 枯沼
2011年7月11日月曜日
暑いゴイサギ
養護老人施設の池に久しぶりにゴイサギが来ていた、現在午前10時を少し過ぎたところだが遠慮会釈なく真夏の太陽が照りつけ35℃は越えているだろう。
水際で魚を狙うゴイサギは暑いのだろう嘴を僅かに開けて口でも呼吸しているのか、魚を見つけたら急いで閉じて飛び込むのか見て居たかったが過度の日焼けになるので止めた。
嘴を開けて餌を狙うのを見るのは初めて、台北の真夏の公園でさえ口を閉じていた。
足も熱いのだろう片足を上げたり少し歩いたり集中して餌を狙えないような状態だった。
夏空に電力不足恨めしく 枯沼
水際で魚を狙うゴイサギは暑いのだろう嘴を僅かに開けて口でも呼吸しているのか、魚を見つけたら急いで閉じて飛び込むのか見て居たかったが過度の日焼けになるので止めた。
嘴を開けて餌を狙うのを見るのは初めて、台北の真夏の公園でさえ口を閉じていた。
足も熱いのだろう片足を上げたり少し歩いたり集中して餌を狙えないような状態だった。
夏空に電力不足恨めしく 枯沼
2011年7月10日日曜日
髪は我を救い給わず
礼拝が終わり教会を出たら真夏の雲ひとつない空から正午の太陽が頭の天辺へ容赦無く照りつける。暑いというより熱い、これでは火傷してしまう。
先ほど教会で牧師さんから「九十九匹を残して一匹を捜す」と神様は迷った一匹の子羊を捜し出すとお説教を聞いたばかりだが僕はさ迷う一匹の子羊に該当しないのだ、さ迷い続けている72年の羊いや卯年だが髪からも見放されてしまった次第で慌てて帽子をかぶった。
久しぶりに天辺を写して見たら羊や卯ではない河童だった。
梅雨明けは一夜で空が入れ替わり 枯沼
先ほど教会で牧師さんから「九十九匹を残して一匹を捜す」と神様は迷った一匹の子羊を捜し出すとお説教を聞いたばかりだが僕はさ迷う一匹の子羊に該当しないのだ、さ迷い続けている72年の羊いや卯年だが髪からも見放されてしまった次第で慌てて帽子をかぶった。
久しぶりに天辺を写して見たら羊や卯ではない河童だった。
梅雨明けは一夜で空が入れ替わり 枯沼
2011年7月9日土曜日
音楽を聴きに行った
ご近所の方が今日午後の日本フィルの定期演奏会の入場券をくださった、ハイドンの交響曲60番うつけ者という曲が演目の第一番目だった。このような曲があるとは知らなかったのであえて予備知識無しで喜び勇んで出かけた、しかし何か期待と違う演奏でうつけ者の趣旨が演奏の何処にあるのか分からず最後になって二人の演奏者と指揮者がふざける場面が出て来ただけで最後まで何でうつけ者なのか分からずじまい。僕のような素人に西洋の古典音楽が理解出来る筈はないが難解なリズムやメロディーでないだけに残念だ。
制服の襟思い出す半夏生
制服の襟思い出す半夏生
その考えで大丈夫かな
太陽光発電や風力発電を原発の代替にしようとしているが風が強いと危険だからと止めるし風が無いと発電出来ない、回し初めに電力が必要な風力発電。
日光が照射しないと発電出来ない太陽光は雪や雨で効率が極端に落ちる、例えば浅間山、フィリピン、インドネシア、チリの火山の噴煙で太陽が遮られ真夏が来なかった冷害の夏が僕が生まれてからでも数回あり寒くてプールで泳げなかった冷害を記憶されているでしょう。
本当に工業用代替発電として巨額の税金を原発のように使っても十分電力が天候や気象条件に左右されず確保出来得ると保証出来るのか十分考えて欲しい。
それには原料にコストがかからず一部で使われ始めている地熱発電が良いと30歳前に宮城県鳴子峡へ地熱発電所を見に行った時から僕は思い続けている。
狭い国土で必要電力を確保する太陽光パネルを広げるスペースはあるのか晴天率の良い地域に限られてくるだろうから、地熱は天候や風に左右されないし今まで地元にあったエネルギーを利用するため風評被害や公害も出ないだろうし火山国の惠だろう。
参らずに鬼灯市で帰る客 枯沼
今日明日は鬼灯市、7月10日は同時に四万六千日です、普通は御参りして鬼灯を買って帰るが
僕みたいな信仰心のない人間は鬼灯の鉢を買いに行くだけ。
日光が照射しないと発電出来ない太陽光は雪や雨で効率が極端に落ちる、例えば浅間山、フィリピン、インドネシア、チリの火山の噴煙で太陽が遮られ真夏が来なかった冷害の夏が僕が生まれてからでも数回あり寒くてプールで泳げなかった冷害を記憶されているでしょう。
本当に工業用代替発電として巨額の税金を原発のように使っても十分電力が天候や気象条件に左右されず確保出来得ると保証出来るのか十分考えて欲しい。
それには原料にコストがかからず一部で使われ始めている地熱発電が良いと30歳前に宮城県鳴子峡へ地熱発電所を見に行った時から僕は思い続けている。
狭い国土で必要電力を確保する太陽光パネルを広げるスペースはあるのか晴天率の良い地域に限られてくるだろうから、地熱は天候や風に左右されないし今まで地元にあったエネルギーを利用するため風評被害や公害も出ないだろうし火山国の惠だろう。
参らずに鬼灯市で帰る客 枯沼
今日明日は鬼灯市、7月10日は同時に四万六千日です、普通は御参りして鬼灯を買って帰るが
僕みたいな信仰心のない人間は鬼灯の鉢を買いに行くだけ。
2011年7月8日金曜日
金銀砂子
昨日は小暑で七夕だった、新暦では梅雨のさなかで星祭が出来るわけがないし晴れても天の川が見えるような水蒸気の少ない快晴の夜空は望めない。
今日が農暦6月8日ですから今月末頃になると夜空も晴れて天の川が見え小学唱歌の七夕で金銀砂子と歌詞にあるような夜空は僻地へ行けば見えるし子供に星座を教えるのに苦労するほど満天の星、僕が金銀繋ごうと聞き間違えて覚えたほどだ。
金色、銀色に見える星をビーズ刺繍をするようにつないで行こうと歌っていると思ったのだ、今度は何処で天の川と星の砂子を見ることが出来るだろうか、空気の澄んだ乾燥した地方しか可能性は低いが。
砂子刷く椀に冬瓜足痺れ 枯沼
今日が農暦6月8日ですから今月末頃になると夜空も晴れて天の川が見え小学唱歌の七夕で金銀砂子と歌詞にあるような夜空は僻地へ行けば見えるし子供に星座を教えるのに苦労するほど満天の星、僕が金銀繋ごうと聞き間違えて覚えたほどだ。
金色、銀色に見える星をビーズ刺繍をするようにつないで行こうと歌っていると思ったのだ、今度は何処で天の川と星の砂子を見ることが出来るだろうか、空気の澄んだ乾燥した地方しか可能性は低いが。
砂子刷く椀に冬瓜足痺れ 枯沼
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