2011年3月31日木曜日

あたかも天下泰平のように

震災の被災者の方、原子炉の処理をされている方には申し訳ないが鳥見に出かけている。
被災地へお手伝いに出かけても、この年寄では出来る事は限られているか逆にご迷惑をかけてしまう場合もあるので力仕事や配送は不向き、登録している仕事は時と場所によっては必要らしいが僕の処へは連絡が来ない。
テレビで支援や救援の拙さを見ていると腹が立ったり涙が出て来るので表へ出る事にした、それも歩いて出来る事、つまり鳥見。
他人はのんきだと思うかもしれないが、一番誰にもご迷惑にならない・・・・鳥には迷惑かもしれないが。




    ボケ咲いて原発事故を人憂う      七一翁

2011年3月30日水曜日

桜が開花

公園の池に張り出している枝で桜が咲いていた、まだ一枝だけだったが今日の陽気に開花したのだろう。
公園では花見を自粛しろと掲示が出ている、しかし若者は何組ももうシートを敷いて酒盛りをしていた。
余り自粛自粛では経済が回らないだろうし自粛とは自分から中止する事ではないか。
毎年凄い量のごみが出るから、飲み食いの客が出なければ公園は助かるだろう。




 花咲いて何やらうれし池の淵     七一翁

2011年3月29日火曜日

また季節が来ました

修道院の林を覗いたらハシブトカラスが何か地面に落ちているものをしきりに集めているようだ。
よく見ると小枝、枯れた草の茎や葉だ、もう営巣の時期が来たのだ。
未だ針金ハンガーを盗りに来たり運んでいるところを見かけないが、これからしばらくはカラスの行動に注意しないと怪我させられる時もある。
巣で雛が孵化すると神経質になり攻撃的で二回ほど襲われた事があるが、いきなり頭上から攻撃してくるから驚いた、一度は広い原生花園の木道の上でどうしようもなく子供をかばいながら買いたてのカメラを振り回して防いだが反復攻撃を元来た道を戻り逃れた。
皆さんもしばらくはカラスの挙動にご注意を。






    巣作りにまた忙しく花も見ず   七一翁

2011年3月28日月曜日

消えた行列

先週月曜日に水道道路の2軒のガソリンスタンドはエンジンをかけた車の行列で臭くて迷惑だった。
しかし先ほど同じ道を歩いたらスタンドには店員の若いお兄さんが一人冷たい風に吹かれて立っているだけ、人っこ一人いない。
目が合ってしまったので、どうしたの行列が嘘みたいと言ったらそうなんです、皆さん満タンにしたから入れる人がいないんですと。
この辺りは住宅地だから行列は高級な外車から乗用車が殆んどで中には老人ホームの送迎バスが数台いたくらい。
その時に不思議に感じたのはガソリンが無いから入れに来て並んでいるのだろうにエンジンをかけて
並んでいる事だ。
某国の地震時は行列の一台ずつが協力し押してスタンドへ入れていたのを見た。




 木蓮と雲の白とが晒し合い      七一翁

2011年3月27日日曜日

ヤナギの芽吹き

公園の池のふちの柳が芽吹いて、きれいな色をしている。
昔恋しい銀座の柳・・・・と確か藤山一郎さんが歌っていたと思うが、柳は川の土手などによく植えられている、理由は根をよく張り土手が崩れるのを防ぐかららしい、柳があったころの銀座は埋め立て地だったからヤナギで地盤を持たせたのだろう、鬼平犯科帳に出て来る川端もヤナギだ。
川に行くと土手にヤナギが植えられている堤防を見かけたが最近は何も植えられていない、河原へ続く河川敷も公園とかグランドとなり種々の灌木や草原が無くなって、定期的に散髪が来てきれいに草刈りをしてしまうからヒバリなどの野鳥もいない。


やっと出た新芽啄ばむシメの群     七一翁

2011年3月26日土曜日

風評被害

源さんは昔一緒に働いていた仲間だ、やっと電話が通じて地震の被害を聞いたら開口一番原発の風評被害が更に強くなるだろうから野菜つくりもダメだ、自分ちで食べる分だけ作るよ、欲しければ着払いで送るからと言った。
会津でさえ福島県と云う事で牛乳から野菜から売れないんだから中通りだってだめだわい、二三年は稲はだめだといつも火の玉小僧だった彼の口から農業をあきらめるような話しが出るとは思わなかった。
岩手や宮城は復興すればよいけれど福島は手間をかけても風評被害にやられるんだもの、当分は自家用作物のみだそうだ、福島県の中通りや会津の人が風評を気にして野菜や作物を作らなくなったら
我々は満足に野菜や果物、牛乳が手に入らなくなる。




   もう春と予報聴くたび遠のきて     七一翁

2011年3月25日金曜日

年輪

最近、期末の影響で公園は造園業者が入り安全確保との理由で樹齢百年はあろう針葉樹とか堅果がなる木々を切り倒している。
昨日までしっかりと太い幹を伸ばしていた木が無くなり切り株が皮を剥がれ白い肌をさらし切り口を面取りされて残っているさまは、自分が切り倒されたような気がする。
伸びすぎたり、樹勢が無くなったり、横に伸びてしまったりと理由は種々だが体が動かなくなったり寝たきりになったからお払い箱だよと宣告されたような気がするのは考えすぎだろうか。
写真の切り株は公園とは違うが年輪を数えてみるとアバウトで80くらい、僕より少し年配だ。
年輪に関心を持ったのは唐招待寺が何時頃建立されたか地垂木に使われていた木材の年輪から分かったというテレビ番組を見てからだ。


 うたた寝の背筋寒さぞ彼岸過ぎ     七一翁