2010年8月31日火曜日
暗証番号
実にたくさんの暗証番号を使っている。
銀行、郵貯、パソコン、クレジットカード、携帯電話などよく考えればまだまだある、以前はそのつど適当に決めて、それを暗記していたが最近は銀行のATMの前でハッとする事がある、この銀行はこれだったのかと。急に思い出せず空いているときは覚えている暗号を入れるが3回やって閉鎖され戻るのも格好が悪いから暗証番号を暗唱しながら行かなければならない。まるで落語に登場する与太郎氏と同じだ、途中で誰とも会わないから記憶違いをすることはない。
全て同じ暗号にすればよいのだが4桁、8桁、ネットバンクは英数半角文字と記号まで入れて混じったものに変更しろと指令が来ていれたはよいが間違えてばかりだ。
そのうち防諜暗号帳を作ろうとしているが逆に混乱しそうで、どうしたらよいものか。
田の下に田が続き下りあきあかね 七一翁
2010年8月30日月曜日
犬のあれが
これは新しく立てられたコンクリート製の電柱です、広告を貼られないように、また犬にかけられて腐食しないように合成樹脂が巻かれています。
NTTの新しい鋼製の電信柱は犬に対してもっと防護しています。
我が家の近所の公園の鉄製の街灯はあの位置から腐食し、ついに折れてしまいました、おしっこに含まれる尿酸などが一日に何十回もかけられると鉄でもコンクリートでも耐えられないのですね。
余談ですが犬を飼って散歩させているのは殆ど女性ですね、どうしてなんでしょう。
青蜜柑少し黄ばみて夏送る 七一翁
2010年8月29日日曜日
栗
栗が色づいてもよいはずが今年は異常気象のためにうまくはじけず色づかずに落果してしまうとか。
信濃の栗はお菓子にしても美味しいし果実が大きい、僕がクリ拾いをしたころは貴重品で栗の木の所有者ががっちり囲いをしたり早朝に採ってしまって子供の僕が出かけたころには拾えなかったり拾えても虫食いだったりした。
現在は農地に栗を植えているだけで拾いもしない農家を多く見かけ、僕が鳥見をさせてもらう農家が耕しきれず耕しても作物を売るのが面倒だから栗の木を植える事を思いついたと自慢されておられる。そのような栗林もたくさん実をつけて、そろそろ色づくかなと眺めているが大風も吹かぬのに落果している林が多い。害虫のクリタマバチが入り込んでいるのかもしれない。
風吹いて知らせる前に秋刀魚かな 七一翁
2010年8月28日土曜日
サイダー
夏の来客に冷やしたサイダーを出したり出されたりした、今でもそうだろうか。
ビールの製造過程で酵母が糖質を発酵し発生する炭酸ガスを利用して作り出した日本特有の清涼飲料、冷えたのは炭酸の刺激が酸味と調和し美味しいですね。
能勢の道の駅で昼食を食べたときに近くの机で懐かしい守ラベルを貼ったサイダー瓶入りで王冠で封かんしたサイダーを親子で飲んでいるのを見て、未だサイダー瓶がある事を知った。
炭酸ガスさえ入手できれば比較的簡単に製造出来るから土地のブランドのものがあり特有の味がしたがガス圧が弱くて爽快さに欠けていたと記憶する。
余談を二つ、台湾では西打と書きサイダーを意味する、発酵で大量に出てきた酵母はエビオスやワカモトとして販売しても処理しきれないので家畜の飼料に混ぜられて再利用されている。
2010年8月27日金曜日
西下
西下した理由は大切な歯が歯牙無い事になると将来困ると悩み続けていた、理由は触れない事にする。
従妹のご主人が歯科の泰斗、いとこ会で会った従妹を通じて無理に時間を都合して頂き診察を受けてきた、結果は簡単に言えばこのままを維持するように努力していけば好しであった、ここ数年悩んでいた事が一時に解決した。
今日は暑いときは外出しないS師にお願いして箕面、能勢方面へ連れて行っていただいた、おかげでカワガラスがこの岸壁を歩いて登り瀑布の裏側へ入って行くのを生まれてはじめて見た。ネイチャーセンターのすばらしい昆虫、鳥類の標本,弁当を持って一日見て居たかった、久しぶりに興奮した。
しかしながら朝から体調が悪く暑さが後押しし気分がすぐれずせっかくのS師のご好意を無にして半日で帰宅してしまった。
秋早く緑の中で滝見かな 七一翁
2010年8月25日水曜日
誰も考える事は同じ
暑さのためかPCまで所有者に似て動きが悪かったり、動作が緩慢で間違える(これは指示が悪いのか)変換も適当だし困ってます。この写真もフジバカマを出したのですが何故か欠けてしまうので大覚寺の狩野永楽さんの襖絵にしました。
昨日、午後二時半に午後の診察一番乗り目指して近所の医者様へ出かけたら10分前で6人も来ている、暑いから空いているだろうと誰しもが考えて同じ行動をとるのだ、おかげで薬局はもっと込んでいた。唯一給湯装置がが置いてあり自由に湯茶を飲める店だから、込んでいるのを我慢し二杯お茶を頂いた。
皆さん考える事は同じなんですね、暑い盛りに出歩くのはおよしなさい、熱中症になりますよ。
8/25,26と 所要で西下しますのでお休みします。
2010年8月24日火曜日
米搗きバッタ
本名はショウリョウバッタ、後ろの長い足をの先の方を二本そろえて持つと杵で米を搗くように前後にはねるから米搗きと言われるようだ。
これが今朝新聞を取りに出たら廊下の壁に止まっていた。もうこの辺りでは住めるような環境は無いので、ご近所の子供さんが捕まえてきたのが逃げ出して灯火に魅かれて来たのだろう。
お目にかかるのはかなり久しぶりで5年くらいは見ていないだろうな。
夏休みの宿題で昆虫採集を提出したときにこれが箱の中で威張っていた、新宿大久保でもハンミョウ、トノサマバッタなどが採れた時代のお話。
処暑啼鳥聞かず朝明けぬ 七一翁
(少し無理があるかなと捩兄)
2010年8月23日月曜日
秋のチョウ
暑い暑いと言ってるが昼間の時間は刻々と短くなっており確実に日没時間も早くなっている。
残り少ない草原を見ると飛び回るチョウ, 鳴くセミの声も違ってきている、その時に必要な花が咲き実が熟し、それを必要とする昆虫や鳥が来る。
わが周辺でもニイニイゼミが鳴かなくなりヒグラシ、ツクツクホウシが鳴き始めセセリ科のチョウが出てわが世の秋と飛び回っている。
またツマグロヒョウモンという熱帯系のチョウも夏より姿を見かけるようになり季節はもう秋です。
季節の変わり目であなたの心をしるなんて と口ずさんでいる場合ではないのです、夏から秋への季節の変わり目はお年を召した方が体を変調を知る時だそうです。
お互いに元気で秋桜を口ずさめるように。
秋来たと虫が知らせる便りかな 七一翁
手ぶれ防止の無い古い小型カメラは手震え付き老人には向かないですね。
2010年8月22日日曜日
アオコが発生した公園
久しぶりに公園へカメラとレンズを担いで往復歩いて出かけた。
上水の草花は少なくチョウも殆どおらず、鳥たちも未だ帰っていない。
移動しないカルガモだけが暑さにめげず行動していた。
カワセミがいるかと池へ近づいたら水が腐った臭気が無風の熱い空気のかに漂っている。
昨夏東京都が池の水質を改善するとかで工事したはずだが状況はさらに悪くアオコが発生し特有の臭気が鼻をつき気分が悪い。
金町浄水場系統の水道水を飲んでいた時の事を思い出さされてしまった。
溶存酸素を増やすための施設がカルガモの休憩所になっていた。
種々のセミ競いて鳴くや今残暑 七一翁
2010年8月21日土曜日
京の塔
この写真は大失敗だと云う事に今気付いた、塔の右側の壁への映り込みを入れて撮れば良かっただろう。
駅構内が新しくなってからと云っても非常時間が経つのだが2度目の下車、徹底的に見てやろうと歩き始めたばかりに撮った。駅の利用面から造りは昔の駅よりはるかに欧州の終着駅をイメージした良い駅だった。
正面にある塔が出来るときは古い都の景観を損ねるとくそみそに言われた塔だが見慣れたせいか違和感をそんなに感じないけれども、このビルをも含めて景観を壊している、どうして古い景観を残そうという思想より金儲けが優先するのだろう。
欧州や中国で古い街並みを保存し維持しようと町全体で取り組み、観光客を呼び込んでいる事を日本各地の観光地は承知しているはずだが自分の土地では許してしまうのだろうか。
青栗が裂け落ちるとき我何処に 七一翁
2010年8月20日金曜日
浅間造り
私が浅間造りの建物を初めて見たのが、この静岡市にある浅間神社です。
昭和23年で未だ辺りは戦災から復興したというか焼け野原が見えずバラックと呼ばれた木造の小さな家が立ち並び、人々は何とか生きているという状況だったろう。
父の勤める広告会社も広告を出すゆとりのある企業が少なく給与が遅配し母が苦労したときに転勤で名古屋から引っ越してきた。
比較的我が家から近く極彩色のきれいで大きい建物で見た事も無い様式で戦災も受けておらず名古屋の神社とは全く違うたたずまいに驚いた。
我々きょうだいの中で印象に残っている場所で3人で見に行くはずだったが妹に支障が出来、弟と二人で見に行った。目線が全く違うし周囲の環境も変わっており建物だけが妙に懐かしかった。
秋立てどみかん未だ色づかず 七一翁
2010年8月19日木曜日
カラスウリの花
毎夏、カラスウリの花をきれいに撮ろうとして苦労している。
以前に書いたけれど警察官に不審者と間違われて尋問された、
その時は親切にカラスウリの花は真夏の夜に咲く花でレース状の
白い美しい花であり、咲いている場所へ連れて行って再度デジカメで
写して見せてあげたら、もう結構です分かりましたと逃げ出て行った。
先日、京都へ行った時に従妹の家で庭に栽培しているカラスウリの花を
撮らせてもらった。夕立が降りだす中で種々苦労して撮ったがさっぱり
ダメだった。
後日東京でデジカメを見たら撮影条件が「白い肌に撮る」に買ってから
設定した事のない条件が選択されていた。
花が白くシャープに撮れないと悩んでいた原因はきっとこれだろう。
写真はその時のカラスウリの花
うりぼうとよく似た実なるカラスウリ 七一翁
以前に書いたけれど警察官に不審者と間違われて尋問された、
その時は親切にカラスウリの花は真夏の夜に咲く花でレース状の
白い美しい花であり、咲いている場所へ連れて行って再度デジカメで
写して見せてあげたら、もう結構です分かりましたと逃げ出て行った。
先日、京都へ行った時に従妹の家で庭に栽培しているカラスウリの花を
撮らせてもらった。夕立が降りだす中で種々苦労して撮ったがさっぱり
ダメだった。
後日東京でデジカメを見たら撮影条件が「白い肌に撮る」に買ってから
設定した事のない条件が選択されていた。
花が白くシャープに撮れないと悩んでいた原因はきっとこれだろう。
写真はその時のカラスウリの花
うりぼうとよく似た実なるカラスウリ 七一翁
2010年8月18日水曜日
39.x℃
我が家の物干しの日陰に吊り下げてある寒暖計が16日、全国が酷暑といわれた時刻に40℃に到達しそうになった、注意して続けてみていれば越えたかもしれない。
考えてみると人は勝手なものだ、春から夏の初めまでの天候不順で多雨、低温だったときは夏が来るのか、作物や果樹に低温障害が出ていると報道されると地球がおかしくなっているとか夏の果物は美味くなさそうとか言い合った。
しかし夏が挽回して作物は生育し、生存しているはずの高齢者が行方不明である事が全国で続出し高齢者の所在を全て対面確認したらわが国の平均年齢に影響を与えかねない事になる猛暑襲来に冷や汗をかいているのは我が杉並区だけではないだろう。
暑さのおかげで行政のずさんさが飛び出してくるとは もうしょがない 国だ。
酷暑日とうるさく鳴くや異国蝉 七一翁
2010年8月17日火曜日
往復割引
所要で再び西下する。
以前にS師から往復割引の事を伺っていた、前回は時間が無かったので吉祥寺ー神戸市内往復を買ったが今日は時間があったのでびゅうプラザへ行き、どのように買ったら有利か聞いてみた。
東京ー大阪市内往復 17020円
東京ー神戸市内往復 18060円
吉祥寺ー神戸市内往復 16820円
なぜこうなるかだが神戸市内にすると600km越えるので往復割引10%が適用されるからだ。これにジパング30%割引が適用されると11760円になる。
遠方へ出かけるときは時刻表で目的地の距離を見て600kmを越えるようだと往復で買った方が有利だ、まあ鉄ちゃんの遊びですが。
我を刺し何処に潜む蚊大文字 七一翁
2010年8月16日月曜日
今年も八月十五日
8月15日は終戦の日の強烈な晴天と白雲がまだ忘れられないし殆ど毎年この日は晴れて暑い、晴れの特異日かな。
あの時は空襲がある、食べ物が無い、爆撃で水道が出ない・・・・年を召された方が終戦の年は暑かったとよく言われるから本当に暑かったのだろう。
暑くても行水が出来た疎開先の先祖の地は未だ良かった。
疎開先が無くて都会にいたら食料はおろか飲料水にも事欠いていた悲惨な日々を過ごしていたし、途中で栄養失調や汚い水を飲み死んでいたかもしれない。
それが昨日は上等な焼き芋を食べられたし今年も晴れた空、そよぐ風を確認できたのは最高の幸せだ。
写真は静岡城内堀
戦無く青空同じ十五(とうご)日 七一翁
2010年8月15日日曜日
焼き芋
出かけたついでに百貨店の食料品売り場へ立ち寄った、驚くべき多種の食べ物が並べられ売られている。
その中にサツマイモの焼き芋を見つけた、終戦の頃には食べられないような断面が金色の大きな芋だ、サツマイモを買って家で焼けばよいのだが思わず買った。
家で家人と幼かった往時の事を語りながら昼飯に食べたがすごく贅沢な昼食だった。
写真はクチナシの花
打ち間違えて失礼、ご指摘の方有難うございました。
格子戸に盆休みます白い紙 七一翁
2010年8月14日土曜日
2010年8月13日金曜日
さすが京都
先日訪ねた嵯峨野の突き当たりのランチ8000円からのお店の天井です。
この店に入ってすぐに感じたのは歴史でした、最近の時代劇でも、このように煤けた部屋が登場しますが燻し方がへたくそと云うか白木に墨を塗りつけているから木目が見えている。大河ドラマと言われる龍馬伝を見ていてつくずくそう思う。余談だが蒼穹の昴はその点が実に良かった。
この店は昔からなのか部屋を改築しても燻して時代を感じさせているのかは聞きもらしたが多分建てられた時から手を加えていない、暮れに煤払いをしてもとれないのであろう。Zさんの故郷もそうでしょう。
壁にある団扇は舞妓さんが名前を入れて自分の団扇を配ったもの、天井の赤い円形の吊り下がりはテレビで見た記憶はあるが分かりません。
蒸し暑き嵐吹きつけ盆の入り 七一翁
2010年8月12日木曜日
垣根
今回、京へ行き街道、住宅街、寺院や離宮周辺の道を走った。
そこで気がついたのは僕が如何に生垣や垣根、塀について知らないかだった。「横町の空き地が囲われたってな、塀!!」 と言った落語の枕みたいな垣根しか知らなかった。
今これを書くにあたって正確にどこにどのような垣根があったのか、それが何という名称の垣根や塀なのか、さっぱり思い出せない。しかし凄いなー、美しいな、江戸期以前の人の発想力の凄さと技術の巧みさに驚いている。
修学院に池の淵というか少し離れた処に大きな生垣が続いており植木職人さんが生垣の中へ入り込んで大刈込をしていたが、これは修学院が傾斜地にあり上に大きな池があり、これを保ち傾斜地が崩れないし池が崩壊しない堤防の役目をし木の根を蔓延らすことで強度出している。
写真は桂離宮の外側の生垣で竹を密に植えて隙間を作らず猫が潜り込めないくらいにしてあった。山科のインクライン付近の別荘の土塀にしても凝っている、有名な方の別邸だそうだが驚いてしゃべれなかった。
若い時に幾らでも機会があったが自分から逃し、今になって気がついても、もう驚きは残るが役には立たない、覆水盆に返らずだ。
蝦夷地より来るトウキビ冷たくて 七一翁
2010年8月11日水曜日
老後
従妹が鶴見俊輔さんから寄贈された本を読ませてくれた、随筆の範疇に入るのだろうが短く鋭く要点を針の先でこれだと突いた書き方でした。
旅の疲れで朦朧とした頭が僕も考えた事柄が書かれていたので目が覚めた、それは老後という一篇だった。
今が老後なら、その次に来るのは何かだった、今は老中ではないのかと。
広辞苑を引いても明確な説明はない「年老いて後。
年とってのち。例として老後の楽しみ」があった。
ついでに引いた中国語の辞書には老後は項目として無かった。
老とは何歳から始まり何歳までで、その後が老後か、多分自覚として年取ったなと実感したら老いが始まり、もうだめだと感じたときが老後と僕は決めた。
写真は従妹から貰ったメダカの卵が孵化した。
暗い部屋茉莉花香りて位置分かる 七一翁
2010年8月10日火曜日
襖絵
初めて訪れた大覚寺、桂離宮、修学院の茶室、書院、お堂には襖、天上や板戸に狩野永楽とか岸駒などの絵が描かれていた。
描かれて何年経過したのか、途中で修復されているのか分からないが見事な絵が光線が当たり退色しそうな所でも見られた、中には重文や国宝級のものもあるだろうが、惜しげもなく飾ってあるのはなく通常の状態で使用されていると言った方が良いであろう。場所によっては庇があるから大丈夫だろうが雨が当たりそうなところにあった。このような絵は展覧室より自然光を考えて飾る場所を考慮して描かれた場所で見るのが一番だ。
久方に西瓜食う子ら円陣で 七一翁
描かれて何年経過したのか、途中で修復されているのか分からないが見事な絵が光線が当たり退色しそうな所でも見られた、中には重文や国宝級のものもあるだろうが、惜しげもなく飾ってあるのはなく通常の状態で使用されていると言った方が良いであろう。場所によっては庇があるから大丈夫だろうが雨が当たりそうなところにあった。このような絵は展覧室より自然光を考えて飾る場所を考慮して描かれた場所で見るのが一番だ。
久方に西瓜食う子ら円陣で 七一翁
2010年8月9日月曜日
ルイビトン
桂離宮の一のお茶室松琴亭の室内です、市松模様の床の間と襖と有名な絵師が書かれた小さな襖絵がありました。
ここは三方から見られるのですが写真に撮ってきませんでした。
青と白の市松模様は日本伝統の模様ですが、見学していた若い方がルイビトンの真似だと小声で仲間に言ったのが聞こえてがっくりしました。
向こうが真似をしているのですが困ったものです、死にたいくらい美しいと言ったブルノータウト氏が聞いたらショック死したのでは。
苔枯れる今年の夏にくいしばり 七一翁
2010年8月8日日曜日
詐欺じゃなく本当に暑いアオサギ
35とか6度といわれた昼下がりに桂離宮へ行った。
月の桂といわれるように夜間の遊びのために種々しつらえており、中秋の名月の夜に見学させてくれたら、どのように素晴らしいか過去に見たテレビの夜景を回想しながら見ていた。
ふと見ると池に張り出した松にアオサギが一羽、嘴を開けて如何にも暑そうに喘いでいた。
これこれ、この場所は五位の位が無ければ来ちゃだめだと冗談を言ってやりたかった。
もっとも五位鷺だったら水際の木陰に止まるだろうが。
見る人の少なき夏の桂かな 七一翁
2010年8月7日土曜日
もう準備
各地で夏祭りが模様されていると報道されている。
京都の夏まつりは終わっているが8月16日の送り火の準備がもう始まっていた。周囲の山にある五個の文字や形の場所で
草刈りされたのだろう修学院離宮から貴船が頭の裾を刈って貰った小学生の剃りあとのようにくっきり見えた。
車から見た別の場所では薪を準備しているようだった、僕はせいぜい二三日前に薪を揃えると思っていたが担ぎあげていくには、いま麓に準備しなければ間に合わないだろし周囲の雑草を刈っておかないと妙法から山火事が出たなんて事が起こりかねない。
写真は草津付近の琵琶湖岸のハス
氷食べこめかみ押え都人 七一翁
2010年8月6日金曜日
郵便遅れてますよ
先程、郵便局へ行き速達と普通郵便の封書二通を切手を買って出したら係の女性がお盆ですから多少の遅れが出ますからご了承くださいと言った。
未だお盆まで随分あるし、速達がなぜ遅れるのだろう。
先日、社長がテレビで言っていた一日二日の遅れは当たり前ですは既成事実なんですね。
京都駅のホームにあった郵便ポスト、なぜこんな邪魔になる所にあるのでしょうか。
恥じ入りて赤き顔して夏に立つ 七一翁
左近の梅
旧嵯峨御所大覚寺門跡が正式名称の大覚寺へ行った、暑かったが建物の周囲の縁側や廊下を通って見物させて貰えるので陽が当たらず少しさわやかであった。嵯峨天皇の離宮であっただけに広々とした空間に建物が建てられ大沢の池も配置され見ごたえののある寺院で著名な絵師の手になる襖絵が多くあり室内の装飾や作り方が素人目にもすばらしかった。
宸殿を回廊式縁側から見られるようになっており玄関前にに右近の橘と左近の梅があった、物を知らない僕は左近の桜じゃないのと従妹の聞いたら昔から梅だったと教えてくれた、調べると起源は分からないが山桜が左近に植えられ始めたそうで梅は春一番に咲く花で御所に相応しい花だから選ばれた理由だそうだ。
いにしえは如何に過ごすかこの暑さ 七一翁
2010年8月5日木曜日
ひいお祖父さんのお父さん
いとこ会の二日目はご先祖を訪ねてショートトリップをした。
それぞれの父か母から我が家の歴史を聞いているが、どのような仕事をした人か現地へ出かけ自分の目と耳で再確認し、見た事のない肖像とか本、書を民俗資料館で見せていただき、その後に墓地へ出かけた。
ひいお祖父さんのお父さんは東海道の宿場町の小さな藩の儒者で明治維新の時に志士として活躍した。
実は以前は我が家にあり保存に困り引き取っていただいた何て書いてあるか分からない書とか明治初期の色刷り印刷であるが肖像画を収蔵庫から出していとこ達に見せていただいた。
ひいお祖父さんも勉強家で本を多数残し出来たばかりか埼玉師範学校の校長や故郷の地で教育者として実績を残されたが比較的早く亡くなられたので残された祖父が15歳から自活、苦学し眼科医になった。
穂を出した稲の世話する近江人 七一翁
2010年8月4日水曜日
帰ってきました
暑かったです、S師が畿内は暑いと毎夏叫びと悲鳴をあげておられるのを身をもって体感しました。
店先で売っている生卵が温泉卵になっているのではないかと心配する暑さ36℃、実際には遮る物がない寺院や離宮では海水浴へ行ったような日焼けをした。
京都をテレビで見ていると殺人事件が多くて鴨川や山すその道を歩くと死体が出てくるのではないかと心配していたが副署長にも女性の捜査官にも会わず観光客がこの暑いのに押しかけて来る町でした。
所期の目的のいとこ会は盛会だったしご先祖を訪ねる日帰り旅行も現地の民俗資料館の方が案内し説明してくださったが地方公務員OBの従弟が信じられないと言うくらい親切な案内と詳しい分かり易い説明でご先祖様の活躍ぶりが再確認出来ました。
写真は東海道新幹線新富士川鉄橋付近通過中の車窓から見た富士山
蒸し暑い近江の道にキリギリス 七一翁
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