2011年1月7日金曜日

アオサギの頭

駅前を流れる神田上水にいつからかアオサギの若鳥がいる、警戒心が強くカメラを向けると飛んでいるのが普通だが、この個体は鈍なのか怖いもの知らずなのか5m位離れた対岸からレンズを向けると
昼寝の目を開けて凝視するだけ、しかしシャッター音がすると移動しようとするので、一計を案じ対岸の道路の上から真下にいるサギを撮ることを考えた。そっと行ってカメラを欄干から出して撮り始めると3秒くらいで気づかれ上目づかいに睨まれたの止めた。
アオサギは色も飾り羽もきれいなはずだが残念ながら若鳥で成熟しきっていないのだ、頭のてっぺんにあるはずの長い飾り羽が生えかけだ。




寒風に遠山冴えて日が暮れる    七一翁

2011年1月6日木曜日

また取説の話し

鳥見に午後から出かけ公園へ着いたら僕のカメラのオートフォーカス設定について数人の仲間から聞かれた。皆さん同じカメラを使っているが人によって設定の仕方が違っており、しかも設定根拠がいい加減で僕の条件を聞いたらしい。
話を聞くと皆さんが取説を正確に読んでいない事が判明した、その中には僕に撮影条件の講釈をしてくれ僕は真に受けて設定し写真がボケて元に戻した事もあった。原因はカメラの機能が複雑すぎて取説を読んでも年寄には十分理解出来ず使いこなせない事にあると僕の条件を話していて気付いた。


後から来た方が取説の解説本があるから、それを読むと分かるよと教えてくれた。
取説を読んで使っているのだが解説書を読まないと使いこなせないとは知らなかった、そんな高級なカメラとは思えないのだが。


 七草のハコベのみあり神田川    七一翁

2011年1月5日水曜日

七福神


最近、何とか七福神が正月になると出てくる、今日も電車の中吊り広告に京王電鉄と西武鉄道の沿線の幾つかの七福神めぐりを共同広告していた。
中には江戸期よりの由緒のあるものもあるだろうが私が行く弁財天は近年七福神巡りをはじめ、今年はパンフレットみたいなものをこしらえテント張りで販売している。
社の岸にカワセミが来るので見に立ち寄らせてもらうため毎年ご迷惑料を兼ねてお賽銭を僅少であるが差し上げている。
ここの弁才天は歴史が古く銭洗い場や殺生をする料理人が建てている供養碑などもあり、我が家付近には案内のため江戸期の道しるべが立っており乗合馬車が走っていたからと馬車道と名付けられている。
七福神をもっと早くから組織していれば昨日の行列を見るとご利益ももう少しあったと思うのだが
畑のの道を歩き回るのでは人が来なかったのかな。

 湯気立てて吹く噴水や寒間近    七一翁

2011年1月4日火曜日

真冬でも虫がいるのですね

これはエナガが何かの幼虫を捕まえて次の瞬間は押さえつけて食べ始めます。
餌となるこのような大きな幼虫がいるのですね、写真では一匹だけど野鳥が毎日食事しているのですから莫大な数がいると云う事になります。
虫たちも食われても春になると飛び出すのですから数えきれないほどの虫卵が孵化しても世界中虫だらけにならないよう巧く出来ているのですね。


鳥見の方も新年特別版です。http://teiinuma67.blogspot.com/


 蠟梅が香る夜道の星明り   七一翁

2011年1月3日月曜日

初礼拝

初礼拝(詣)に出かけた、名前は知らないが同じ顔ぶれの信者さん達だった。
教会では未だ降誕の続きでキリストが生まれた直後の事が語られていて聖書もその場面の朗読があったし牧師のお説教も関連したことであった。
会堂の暖房が効きすぎていて今日は具合が悪くなり後半は注意散漫でいけなかった、どうも空調の吹き出し口が左右から吹き付けていたようだ。
暖房にしろ冷房にしろ全ての人の満足を得るのは何処においても難しいもので職場でもそうだった。


 蠟梅が一輪咲くや初礼拝     七一翁

2011年1月2日日曜日

うれしい誤算



昨年秋に息子が結婚するよと言い出した、そのおかげでうれしい誤算が出て来た。
家人は食器や食卓で使うお盆やマットなどすべて四人分で揃えて来た、昨春加賀へ旅して買ったお盆も四人分。喪中ながら正月の膳を食べていたら息子が来年から二人で来ると食器や盆が足りなくなるねと言い出した、そうだ食卓も狭くなるし考えなくてはならない思ってもいなかったうれしい誤算だ。
盆は加賀へ電話すれば揃うかもしれないがお椀は京都のものだからと家人は少し頭を抱えだした、一年後に本当に5人になるの、否って言われないの本当に大丈夫なのと娘が弟をからかった。
うれしい誤算はあるのだが家人はことし喜寿を迎え、もう年末の掃除、年越しの準備を一人でやるのはきついから私に手伝えと旧臘30日に言い出したばかりだった、うれしい誤算ばかりではなくいよいよ老妻一人にすべてお任せとはいかなくなってきた、今までのツケが一気に回って来たような年始だ。
(2011年1月近影)


   何事も変わりなくても年が明け    七一翁

2011年1月1日土曜日

兎に角を出さず

兎に角


 今年6回目の卯年を迎えました、生後一年ハシカから生死をさ迷い、その影響で病弱で中学までは学校を休んでばかりいた。今でも虚弱体質とからかわれるが両親,弟妹、家人や家族、友人たちのお蔭で生きて来られた、よく寝込んでいる私を見て父親は20歳までもたいないとと言ったがこうしていられるのは奇跡に近いと自分では思っており皆様に感謝してもし尽せない。


6回目の卯年を迎えたからには気短を克服して兎に角(うさぎがつの)を出さないように、いい年をして
瞬間湯沸かしみたいになると言われないように少なくともしたいし、蕎麦屋の行列を我慢してS師と並ぶくらいにしたい。
今年も出来る限り毎日歩き回り好奇心を旺盛にしボケを防ぎ、このblogを書きたいと思っています、読んで下さる方がおかしいよとボケをコメントでどうか指摘して下さり早めに私がアルツハイマーの治療をしたと考えていますのでご協力ください。


決して脱兎の如く生きようとは考えず兎仔子(役立たず)と言われないように、兎死狗烹(恩を忘れ義に背く)ことの無いように、せめて兎死狐悲、物傷其類(同類相憐れむ)ような生き方をする積りです。
今年もよろしくお願いします。




    平成は二十歳も過ぎて年開ける


    卯六度来我皆無也ただ悲し(うむたびき われみなむなり ただかなし)     七一翁